おはようございます!
今朝も元気に静かな朝を迎えています。体調も良く何より有り難いです。今年もいよいよ残り少な
くなってきました。新しい年を迎える為足元を整理しておきたいものです。
昨日は朝から机上や枕元の本を整理しました。いつの間にかうず高くなっていました。後は書斎の
本棚の整理が残っています。ここは少し大掛かりになります。年内にやりあげたいものです。
横倉弘吉先生のお別れの会に参列しました。故人は大正7年生まれで97歳の大往生でした。九州
大学を卒業後海軍軍医として戦地へ赴任、終戦後家族が疎開していた三池郡高田村で、当時の村長
の願いを受け入れ高田村中央診療所を開設されています。当時の農村の衛生環境は悲惨なもので
様々な感染症の巣窟であったようです。開業当時は結核の患者さんが多く、国立療養所に入院でき
ない患者さんの治療のため有床診療所となり、その後病院を設立されています。
又終戦後の荒んだ青少年の健全化のために、近くの子供達を集め「仔鹿子供会」を立ち上げ、子供
達に童話を呼んだり、キャンプに行ったり、社会教育の先駆者として地域づくりをされ、その後高
田町教育委員会委員を長くつとめ、更に福岡県教育委員にも任命され社会教育に情熱を傾けられて
います。「病む人の気持ちを大切に」の基本理念をモットーに医療の仕事に打ち込まれています。
先月ヨコクラ病院の70周年祝賀会行われ、出席はできませんでしたがその一週間後に亡くなられ
ています。息子さんの横倉義武先生は今日本医師会長を務めておられます。地方からの日本医師会
長は初めてのことです。70周年の時孫の横倉義典先生が3代目の院長に就任されました。
お別れの会には麻生副総理、塩崎厚生労働大臣、小川知事も参列されていました。
私も40年前大牟田に戻って以来代々の横倉先生一家に何かとお世話になった一人です。横倉先
生は様々な人生の試練を受けながら何時も穏やかに、ニコニコと人の話をよく聞き、対応されて
いた姿が目に焼き付いています。病院の社会福祉法人の監査役もさせて頂き多くのことを学ばせ
て頂きました。大切な方をなくしました。心よりご冥福を祈ります。
横倉弘吉先生お別れの会
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