おはようございます!

今朝も元気に静かな朝を迎えています。日々淡々と過ぎていきます。日々同じようで違います。何事も一度にはやれませんが継続によって一度に出来ないことが出来るようです。この中に深いものがあるようです。

昨日は日曜日でしたが特に予定なかったので一日事務所で過ごしました。音楽を聴きながら過ごす時間大切にしています。 自分を見つめる大切な時間です。忙しいという字は自分を見失うことと書きます。心したい所です。

昨日事務所の会計処理で手こずった繰越処理とこれまでの会計処理をしました。思うように行かない時は最初に戻って何処が分からないかを考えていくことで解決のヒント出てくることよくあります。ここを掘り下げないと堂々巡りします。失敗や思うように行かない時が次へのチャンスでもあります。受け止め方で大きく違ってくる所に面白さあります。

時間とれたので百田尚樹氏の最新作「幻庵」を読みました。上下2冊の大作です。3千年前に中国で生まれた囲碁を今のような形に進化させたのは江戸時代の日本人でした。徳川家康は碁を好み、当代有数の打ち手に扶持を与え、碁も精進するよう命じて、4つの家元が生まれる。各家元の目標は名人を一門から生み出すこと。そのために全国から天才少年を集め、ひたすら修業させています。だが名人は同時代のあらゆる打ち手を凌駕するほどの力を持つものしかなれず、江戸時代二百六十年間に誕生した名人はわずか8人でした。「古今無双の最強の名人になる」江戸時代後期そんな破天荒な夢を持ち、ひたすら努力を続ける少年がいた。文化文政から幕末にかけて当時の棋士達を恐れさせた一大ぬ風雲児「幻庵因碩」の物語です。

今回初めて囲碁の小説を読みました。囲碁に生涯をかけて闘う棋士の精進努力凄まじいものあります。人間ここまで打ち込めるのかと驚きです。私も囲碁をたしなみますが取り組み方が根本的に違います。「打ちながら常に心にあったのは最善の手は何かということです。無限とも思える盤上に、ただ一点真理があるのです。それは必ずあります。どのような局面においても真理は必ずあるのです。しかしもしかしたら人知では見つけられないものなのかもしれません。敢えて言えば浜の砂から一粒の砂金を見出すようなものなのでしょうか」という言葉が心に残りました。道を極めることエンドレスのチャレンジです。人生いかに生きるべきか色々考えさせられます。